2025年3月15日土曜日

娘が中学を卒業します

 久しぶりにこちらのブログを思い出したのであります。

なんと。最後の投稿は、娘が小学校に入学した、2016年の春でした。


あれから9年。2025年なうですよ。

来週娘は文京区立の中学校を卒業します。


2012年夏に引っ越してきましたが、文京区での子育ても一段落です。

息子も同じ公立中学を卒業していまして、この地で2人の子供の小中学時代を過ごせた幸せをしみじみと噛み締めています。

娘は4月から別の区の都立高校へ。


2016年4月14日木曜日

娘,小学校入学なのであります!

やー,久しぶりにこちらに投稿してみます.

娘,先週の水曜日が入学式だったことを思うと,今日で一週間.つらつらと振り返ってみます.

(1)やる気は十分
今のところ,学校も育成室も楽しそうに通っています.朝もはりきって家を出ます.欲を言えば,もうちょっとだけ早く起きてくれれば,私も朝からがみがみとシンバルのような声かけしなくてすみます.
(2)疲れてはいるらしい
保育園時代とは環境もがらりと変わり,育成,学校とも,新たな仲間や先生との生活です.やる気はあるようですがそれなりに緊張するようで,かなり疲れています.うっかり目を離すと,夕食前に寝落ちしています.
(3)忘れ物要注意
忘れ物には,かなり気をつけたんですよ.名前付けも.しかーし,既に投稿したように,月曜上履き忘れ事件勃発.しかも,よくよく思い出してみると,金曜日,育成に忘れてきて,私が土曜に取りに行って(ここまでは気がついてたんだな,ワタシ),洗って,干して,それっきり.はい,どう考えても私の責任でございます.反省です.お兄ちゃんがいるのになぜ気がつかないの?という質問が来そうですね.はい,ご想像の通りです.
(4)給食開始前のお弁当
やーっと明日から完全給食です.いやっほーい.それまではお弁当作り.給食も少しずつ出るので,ちょっとしたものを持たせなくてはいけません.サンドイッチが意外と楽でした.ハム,チーズ,ツナ,レタス,きゅうり,などなど,パンにマヨネーズ塗ってテキトーにはさんで切って詰める.8枚切りだとちまちまたくさん作業しないといけないので,6枚切りで(具も多めに)作ってしまう.残りご飯でケチャップライスを作っておき,朝に卵だけ焼いてオムライス風,というのも好評でした.そもそも娘は小食だから楽.9月から11月にかけて,給食室工事のため,お弁当を作らなくてはいけないらしいのですが,それに向けていかに短時間でそこそこの弁当が作れるか,訓練中...
(5)名前付けは老眼にはきつい
息子のときにはあまり気になりませんでしたが,今回は老眼で名前付けが大変でした.名前シールをベネッセとアマゾンで入手してありましたが,クレヨンとかクーピーとか,いやー,ああいう細かいものにも一個一個名前つけなくてはいけないのが苦行.細いペンで書くのと,小さいシールを貼るのと,どっちが楽ですかね.
(6)兄に予想外の効果
息子が頼りになります.一緒に学校に行ってくれるし,可能な日は帰り育成室に迎えに行ってくれるし,今日は下校時に育成室に迎えに行ってバレエの教室まで連れて行ってくれました.自分もしっかりしないと,って思うのかな.末っ子の私には新鮮.
(7)送迎が少なくなるって
保育園への毎日の送迎がなくなり,とてもとても寂しいです.一方,一人で学校に行き,帰りもお兄ちゃんが迎えに行ってくれる日が数日あるというのは,正直言って,とても楽です.何せこれまで,自転車で最寄り駅と逆方向の保育園に送って行って,また最寄り駅まですっ飛ばし,電車に乗って出勤していました.帰りも,最寄り駅から自転車で自宅を通り過ぎて保育園へ,そしてそこから再び引き返すようにして帰宅.途中で買い物したりした日には,帰宅時にはへろへろです.今は,育成室は保育園よりも自宅に近く,私が迎えに行かなくてはいけないのは月水金のみで,楽です.あと,何と言っても朝,子供が出かけてしまってからのひとときが楽ちん.
(8)机はリビング
うちは狭いので,勉強机はなしでいいんじゃない?と当初思っていたのでした.でも息子にはあるんだよね.息子専用の部屋も(魔窟と化している).というわけで,リビングに入れてしまいました.既に投稿した通りです.
(9)小1の壁ふたたび,と思ったけれど
今のところ,ですが,既に一回経験しているせいか,壁らしいものは感じません.まぁこれから,はじめての春季運動会やら,6年生のイベント(移動教室,臨海学校)やら,4ヶ月近い弁当生活,学芸会,などなど待ち構えているので油断はできません.私も今年度は一層忙しくなりそうです.仕事があるというのは有り難いことです.転職していなかったら,どうなっていたのか.来年お兄ちゃんが卒業してしまったあとや,育成室が終わってしまう小3の終わり,私の5年の任期が終わる小4の終わり,などが次の大きな節目になりそうです.
(10)その他反省点
提出物,頑張って〆切前に出しましたが,不備があって2つ戻ってきました.担任の先生すみません...ランチョンマット,きばって手作りしましたが,大きさを根本的に間違っていたようです.ガーン!!!娘曰く「皆の,もっと大きいんだよ。恥ずかしいんだよ。」ごめんよ。この週末にでも作り直しです.あと,就学通知書は必ず必要ですので,紛失しないことをお勧めします,区役所学務課で再発行が必要です.(→誰へのメッセージなの?でも,見た覚えないのよね...)

2014年4月19日土曜日

季節はずれのインフルエンザ 2014春

さて,久しぶりに投稿を更新したのには訳があります.

時系列で言うと,以下のようになります.

水曜 息子発熱と学校から呼び出し
木曜 娘発熱と保育園から呼び出し
金曜 看護休暇を取って2人と家でごろごろしていたら私が激しい頭痛と発熱
土曜 息子と娘はタミフルで既に元気 私も早めの対策で既に軽快 

というインフルエンザの家庭内大流行に見舞われ,「これって記録しておいた方がいいんじゃない?」と思ったからでした.

記憶があやふやですが,子供だけでなく私までインフルエンザにかかってしまったのは,これまでなかったんじゃないかなと思います.最後のインフルエンザ禍は,震災直後,上の子と下の子がややインターバルをおいてかかったときでした.
なので毎年,冬になると予防接種はしていたのですが,今年は,子供も1回しかしていなかったこと,4月半ばということでさすがに予防接種の効果が薄れたのだろう,と考えています.

今住んでいるところは,歩いて2分くらいのところに病院があるので助かります.
3日連続で通ってしまい,コントみたいでした.(笑)

皆様もどうぞお気を付けてお過ごしください.

ぱわわっぷたいそう ついに終了

ふと,「おかあさんといっしょ」を久しぶりに見たら,「ぱわわっぷたいそう」が終わって,「ブンバ・ボン」になっていました!

それに合わせて,このブログも,「ブンバ・ボン メモ」にします!...,というのは冗談です.(笑)

そもそもこのブログの名前を「ぱわわっぷ!メモ」にしたのは以下のような理由でした.
http://pawawappu.blogspot.jp/2008/04/blog-post_09.html
(って,このポストの内容も,今見返してみると,あーそうだったなー,と思い出しました.既に忘却の彼方です.記録しておくと言うことは重要ですね.)

息子はもはや4年生,娘ですら今年年中さんです.
時の流れを感じますね...


2013年9月19日木曜日

子連れ出張 学会2013

夫も参加するので,家族4人で行きました.
学会の託児室,小学生までOKと最初からあったので,助かりました.
上の子がまだ1才だったときは,熊本大会で,Nさんところのお嬢さんと2人だけでした.
二人とももう小学校中学年になりましたよ!感慨深い...
上の子も下の子も,すっかり学会で会うお友達として顔見知り.
子供たちは全く問題なく楽しそうに過ごしていました.
女の子パワー全開で,プリキュア遊びをしていました.
有り難いことです...

すっかり荷づくりとかも楽になりました.
何せオムツもおしりふきも哺乳瓶も要らないのですから!
子供の衣類をちょっと多めに持っておけば,まぁ何とかなります.

だからリスト化も要らないんですが,一応書いておきます.
もう記憶があやふやかもですが...

○Door to door で片道4時間くらい,
○三泊四日,
○ホテルにランドリーなし
○北海道なので半袖長袖両方準備

子供2人の衣類と私の衣類でまずはスーツケースが結構一杯になりました.
北海道なので,2日前に発送しなくてはなりません.

【スーツケース】到着の2日前,18時ちょい前くらいに近所のクロネコの事務所に持ち込み.ガラガラ押しました.

□着替え(私,息子,娘)3日分プラスアルファ(長袖)
□子供用のパジャマ 各1
□ユニクロのストレッチジーンズ(部屋用)

【小さいスーツケース(機内持ち込みOKサイズ)に】

□旅行用雑貨と常備薬が入ったポーチ
□ドコモ携帯,ドコモ充電器
□iPhone,iPhone充電器
□iPad
□パソコン,接続アダプタ,電源
□ノート,文献,要旨集
□パソコン,電源ケーブル
□歯みがきセット
□コンタクトセット
□使い捨てコンタクト3日分
□眼鏡!

【娘のリュックに】
□子供の着替え上下靴下下着セット 各1

【私のカバン】
□財布
(いらないカード類は置いて行く,などという余裕なし,全部入り)
(名札を忘れずに!)
(健康保険証)
□鍵

【忘れたもの】

□母子手帳
□おやつ


下の子も間もなく4才,荷造りが楽になるわけです...ばんざい.
オモチャもiPadで結構ことたりるし,きょうだいで遊んだりお友達と遊んだりで結構大丈夫.

【気付いたこと,反省点】

娘がはじめての飛行機だったこともあって,行きは泣きっぱなしで困りました.
何が理由かよくわからないところがまた困った.
シートベルトをしめてじっとしてないといけないところだったのかな.
宿に着く頃,「もう出張に子供連れて行くのやめようかな」とマジで思いました.
が,それを下の子にに言ったら,
「いいこにする〜,つれてって〜.」
と泣いて懇願されました.

今回ホテルは夫が決めたのでしょうがないといえばしょうがなかったのですが,
やっぱりホテルにランドリーはあった方が良いです.

北海道は良かったです.食べ物が美味しいし,何事もひろびろしていて,
それでいて札幌は大都会だし.
北海道に住んでいたら一生ダイエットは無理だと思いました.
(というわけで,学会中にgainしてしまった分を鋭意戻そうとしております)

使い捨てコンタクトはコンタクトを万一失くしたときの保険にもなるし,
実際つけてみると楽だったりして,なかなか重宝ということがわかりました.

そうだ!
あと,懇親会用のお洋服!
お友達が懇親会用にスカートに着替えているのを見て,
下の子が,
「すかーと!」
と要求してきました.
うおおおお.女子力発動.
次から忘れないようにしたいと思います.

今回は夫がいつもよりも多く我々と行動をともにしてくれたので,
家族の時間も取ることができました.有り難いです.

2013年9月12日木曜日

あまちゃん,さんてつ

実は私も,あまちゃん,にハマっています.

そして,その関連で,このマンガを知りました.
さんてつ

震災から2年半が経ちましたが,あまちゃんやさんてつを通して,
薄れつつある防災への意識や,被災地への支援の気持ちを思い出したいと
思います.

2013年9月8日日曜日

糖質制限

2008年頃,カフェインを断ち,肉を断ち,白米を制限したりして,
体重を減らしておりました.
順調に1ヶ月1キロのペースで減っていたのですが,
だいたい5キロくらい減ったところで,第二子妊娠,
そこからまた体重が増えてしまい.
産後,なし崩し的に食べたいものを食べたいだけ食べていたら,
母乳を上げていた頃はまぁそれなりに減っていたのですが,
ちょうど第二子を妊娠した時点の体重で下げ止まりました.
そこからまたもうちょっと増えたり減ったりを繰り返しておりました.

ちょうど,その下げ止まりの値にぶつかっては跳ね返り,
またぶつかっては跳ね返り,という感じでした.
まさに壁,です.

2012年,転職しまして,さすがに夏に引っ越したり,自家用車を
手放したりしたら,また少し減りました,
ただ,また例の下げ止まりの数値のあたりをうろうろ.

春先に腎盂腎炎で本格的に体調を崩してしまい,一番ひどい時は
ろくに食事も取れなかったのですが,例の下げ止まりの数値から下に
なることはありませんでした.

で,5月か6月くらい,多分腎盂腎炎の通院が一段落した頃だと
思うのですが,糖質制限をしてみようかな,ということになりました.
このまま体重が微増,微増を繰り返していたら,あっっっというまに
立派なメタボおばさんが完成してしまいます.
(もう完成してるじゃないか,という説も)
今回本格的に体調を崩してしまったのを機に,少し本気で取り組んで
みようということになりました.

そうそう,思い出した,いつもお世話になっているママ友の床屋さんで
読んだ低インシュリンダイエットの本,あと,近所の野菜ジュースの
専門店に置いてあった,50代になったら炭水化物はやめなさい,
とかいう本に影響されたような気がします.
(こういうあたり,ブログに逐一書いておけば良かったなぁって
思いますねぇ)

どんな風に取り組んだかと言うと,
朝食:なるべくフルーツか野菜中心に.トーストやおにぎりを食べたと
しても,子供が残したものを少量.
最近は,牛乳をたっぷり入れたカフェオレで,結構お昼まで持つように
なりました.
昼食:普通に定食を食べる,が,なるべくご飯を減らしてもらう,
あるいは,中華麺かパスタで,野菜も一緒に摂るようにする.
夕食:なるべく炭水化物を摂らないようにする.食べるとしても,
自分の分は用意せず,子供が残したものを少量.

(こういうあたりも,ブログに逐一書いておけば,もっと効果的だった
かもしれませんねぇ)

最初の頃は,朝になるとおなかがすいてすいて,サラダボウル一杯に
生野菜とグレープフルーツとかをもりもり食べていました.
最近は,そこまで猛烈な食欲が出るのは少なくなりました.

昼はなるべく普通に食べることにしました.でも,白米は半分くらいに減らすこと,
そば,中華麺,パスタをなるべく選ぶようにしました.

夜は,満足度が低くならないよう,美味しいサラダやチーズといったものを
オールフリーと一緒にゆっくり食べるようにしました.

で,やっぱり1ヶ月1キロくらい,いや,もう少しゆっくりのペースで,
減ってきています.
嬉しかったことは,例の下げ止まりの数値を突破し,今も確実に減りつつある
ということです.
てことは,第一子を妊娠したあと,8年半経験したことがない数値になっている,
ということであります.イエーイ.

ただ,この方法,もしかしたら精神的に少しきつくて,むしょうにイライラして
しまう,ということが多いような気もします.
血糖値の上下と関係があるのかもしれません.

とりあえず,糖質制限,低糖質を意識して,続けてみようと思います.
まずは第一子妊娠前に戻りたいなぁ.
それが達成できたら,ポスドク時代の体重を経て,大学院時代,くらいに
までになれると良いんですけど.









2013年9月7日土曜日

子供の習い事考

まだまだ発声練習,的ですが.
子供の習い事について買いてみたいと思います.

去年,引っ越しをしたので,上の子は,それまで和光市民体育館で習っていたサッカーをやめました.
引っ越し後,区の学童保育に通らなかったので,民間の学童保育に通わせていました.
車での送迎あり,遅い時間までやってくれる,そして英語まで習わせてくれる,というところでした.

こちらの学童保育,英語もそれなりにできるようになり,大変有り難かったです.
ただし,コストは結構かかって,貯金が毎月目減りしていく感じでした.
あと,習い事という観点以外では,学校の友達がなかなかできない,
ということと,低学年の女の子が多くて,遊びの点では物足りなかった
ようです.

この4月から区の育成室に行けるようになり.学校の友達と育成室でそのまま遊べる
ので,急激に学校になじんでいきました.
英語が続けたいというので,2ヶ月ほど民間の学童も週2とかで行っていたのですが,
結局やめてしまいました.

学校や育成室で友達と遊べるようになってから,急激に野球好きになりました.
学校の作文の時間に,妄想野球実況を原稿用紙10枚くらい書いているのを
見せられて,お母さんはくらくらしてしまいました.(笑)

そういうわけで,今度は野球教室に行くことになりました.
今日ユニフォームが届いて,大変ご機嫌な息子.

育成室は今年度限りなので,来年度からは,さらに習い事や塾などを入れていくの
かな.塾にさせるのか,野球を増やすのか,はたまた,水泳とかをやらせるのか,
なかなか悩ましい.予算の問題もあるし.
そうこうしているうちに,娘にピアノをとか習わせはじめても良い年頃になってきました.
さてこちらもどうするか.

何も考察していない,なおかつぱわわっぷ的要素もないですが,とりあえず今日はここまで.

2013年9月4日水曜日

発声練習,良い感じです

ブログのリハビリ,というか,発声練習,というか,ぼちぼち更新を再開したのですが,
それだけでも良い感じです.

というのは,転職してからというもの,新居への引っ越しやら,子供の転校やら,新しい業務への取り組みやら,腎盂腎炎やらで.

もー,勝間さん推奨の「怒らない,愚痴らない,妬まない」の三毒解消をコンピューターディスプレイに貼っていても, 子供には怒りまくり,夫には愚痴りまくり,でした.はい.反省.

ブログのリハビリ,をはじめただけでも,ちょっと精神的に落ち着いたかもしれません.子供に怒鳴りそうになっているとき→自分をメタ認知→一歩手前で冷静になれる,ような気がします.

ブログの更新が少なくなったのはfacebookの影響もあります.
しかし,あちらの投稿数がいくらあっても,自分のコンパスになったり,メタ認知をする機会になったり,とはならない(少なくとも私の場合はそうなっていない),ということがよくわかりました.子供ネタが多いしね.

というわけで,学会前の猛烈忙しい時期ですが,今日も一回更新してみます.
ぽちっとな.




2013年9月3日火曜日

リハビリ

発声練習に続いて,リハビリ,です.

この1年,ちょこちょこ体調が悪かったせいもあるのですが,
ピースフルなマインドを失っているような...
あと,新しい仕事に慣れるのに必死だったっていうのもありますかね.

なので,またブログを書いたりしてみて,自分を見直すコンパスにしたいと思います.

まずはなんでもいいので投稿.リハビリ,リハビリです.

ええと,やることリストとか,長期目標とか,書くと良いんですよね.
あとは激減した読書量をどう取り戻すか.
健康面では,腎盂腎炎を再発しないようにすること,体重を本気で落とすこと,
運動を無理ない範囲でやること,などでしょうか.


腎盂腎炎

久しぶりに投稿して思い出したのですが,この1年で腎盂腎炎に2回なりました.
最近はすっかり症状も落ち着いたので,今年の冬また繰り返さないように対策を兼ねて,考えてみようと思います.
もしかしたら原因かもしれないということを書き出しておきます.

○トイレを我慢してしまう
原稿や申請書の〆切が近くなると,着想したことを逃がしたくなくて,ついトイレに行くタイミングを逸してしまう.
→原稿や申請書を書かないというわけにはいかないので,とにかくトイレは我慢しないように心がけよう.
○紅茶の飲み過ぎ
去年の秋冬にかけて,かなり紅茶を飲んでいました.ミルクはあまり入れず,ストレートで.朝,昼,
→検査の結果,石はなかったのですが,紅茶をストレートで飲むと結石の原因になりやすいとか.コーヒーも紅茶も,ミルクかレモンを入れるようにする.
○咽頭炎?
前後関係はよくわからないのですが,腎盂腎炎ぽい症状のときと咽頭炎の症状が重なることがあります.
→予兆がしたらすぐに抗生物質を飲んで押さえる.
○冷え
職場が寒いです.ボアブーツを常時はくなど対策はしていたのですが.
→冷えないように着込む,あるいはよく動くようにする.


2013年8月31日土曜日

発声練習

もう,1年以上,ブログの更新が滞っていました.
いやもう,いろいろあって.(笑)
何から書いていいのかもよくわかりません.(笑)

なので「発声練習」的に書き出してみます.

2012年 
7月 
・息子の学校が夏休みに入るのを待って文京区に引っ越し.
・区の学童(文京区では育成室,と言います)に入れず,やむを得ず大学に連れて行ったりしたが,その後民間の学童保育を参画室のYさんに教えてもらい,入れることに.
・電動自転車購入.
8月
・夏休み,実家に帰った.ねぷたを引っ張らせた.
・職場のiMacのHDがクラッシュ.AppleStoreGinzaのお世話に.
・車を実家へ運んでもらった(専門業者の方に頼みました).
9月
・息子,新しい学校へ.なかなか慣れず,大変.
・植物学会 シンポと口頭発表のダブル,を初めて経験.近年まれにみるしょっぱい結果.(パソコンの接続がうまくいかなかった,準備不足と練習不足)
10月
・科研費申請 
・上記〆切直前に高熱と悪寒.(多分1回目の腎盂腎炎)
11月
・実家に帰った
・駐車場で車ぶつけられちゃった.
12月
・ プロジェクトの研究交流会.
・正月,実家に帰った.

2013年 
1月
・ごく短い英文ミニレビューを書いたり.
・尿検査などをするも,もたもたして病院に行かず.
2月
・ 子連れ出張(電顕講習会)@神戸
3月
・現在の上司の受賞パーティー
・和文総説原稿〆切
・上記直前に高熱と悪寒.
・腎盂腎炎確定診断,10日間の自宅安静を言い渡された.
4月
・だめもとで出した息子の育成室通室許可がおりた,これを機にかなり学校になじんできた.
・淡路島に単身出張.単身は久しぶり.
5月
・実家に帰った.
・とりあえず腎盂腎炎の通院終わり.
6月
・ 何あったっけ...最近の方がよく覚えてないや.
7月
・ 育成室キャンプ.息子ブヨにひどく刺された.
・月末から8月頭にかけて,実家に帰った .
8月
・3月に書いていた和文の記事が出た.
・夏休みが終わろうとしてます.

・・・こんな感じですかね.ああ,発声練習.うまく声が出ません.(笑)

2012年7月8日日曜日

着任にまつわる冒険の日々(主に子連れ通勤)

6月末日をもって,これまで勤務していた研究所を退職し,7月1日付けで,大学に着任しました.

それに伴い,新しい勤務地に近いところに保育園を見つけたいということで.
6月に,下の子が入れる認可保育園の枠があることに気付き(というか教えてもらい),それに応募するため転居を決断しました.
ただし,上の子の小学校の終業式までは通わせたいので,現在の居住地には7月末まで住むことに.
下の子の認可保育園は,ダメもとで出してみたのですが,大変幸運なことに入所が許可されました.

というわけで,今週は,2歳児を連れて和光市〜本郷三丁目の通勤を5日しました.
感想を端的に言うと.
「毎日冒険気分だぜ〜」
内訳は,電車3日,自家用車2日.

以下具体的な事例
電車編:
①電車の揺れで娘が転ぶこと多数(>2回/日).
②ちょっとした人ごみで娘が後ろにいないなと気づいたら,5mほど後方にいて,私を見失って転び泣き叫ぶ5秒前の様相(そして私が駆け寄り抱き上げると号泣).
③電車内で機嫌を取るためにお菓子を与え過ぎ.
自家用車編:
①国道254ほぼ一本道のはずなのに,車線の選択を誤り池袋駅方面にに降りてしまったり.
②自家用車で通勤するってのは(期間限定とは言え)CO2を排出しすぎなんじゃないかと,職業的ミッションとの板挟み.
③通勤中事故を起こしてしまったらどうしようという精神的負担.
④駐車場代が結構かかる.しかも毎日100円玉500円玉または千円札でそれに備えなければならない.(駐車券入れた直後に財布の中が万札だけ,というのはアウト.しかもそういう事態はお迎えギリギリに起こる.)

ちなみに,電車は,池袋までの行き方が,
(1)東上線
(2)副都心線
(3)有楽町線
があり,(1)と(2)は快速(急行,準急)があります.

池袋まではいろいろ試してみました.
丸ノ内線は,とりあえずどう行っても厳しいです.
防衛策は,真ん中付近の車両に乗る,ってことくらいです.

保育園,9時15分くらいまでに登園して下さい,と言われて(区の書類には9時半までとある) がんばってみましたが,駅から徒歩の時間も鑑み9時くらいに目的地に着こうとするとどうしてもかなりの満員電車です.
9時15分から9時30分くらいに着けばいいということであれば,少し気が楽なのですが...

以下気づいたのことです.
【電車編】
●東上線の準急や急行は,混み過ぎで,15分間2歳児を連れて乗るのは至難.
●かといって,和光市駅始発の副都心線は,池袋終点なわけではないので,最初は空いていても小竹向原くらいからどん乗ってきて,池袋で降りるときには大変なことになる(だっこしている余裕はなく,ムスメの両脇をかかえて降りる感じ.多分有楽町線も同じかな).
●副都心線の始発に和光市で乗ったときに,座っていたお兄さんが「座りますか?」と席をゆずってくれそうになったが,余裕こいて「大丈夫です♪」と答えてしまった.あとで,ああ,やっぱり譲ってもらえばよかったと.
●安全なのは,東上線で成増まで準急か各駅で行って,成増からの各駅に乗る事.ただしこれは時間がかなりかかることを覚悟.(もしかしたら,成増でコインパークに車を停めるのがいいのかもしれない)
●荷物の多い月金は,ほんと厳しい.デイパックを背負うのがいいかも.
(そういうお父さんに電車でお会いした)

 【車編】
●保育園の一番近くにあるコインパーキング,空いているとは限らない.
●しかもそこは一方通行に面しているので注意.
●商店街の方にパーキングロットがあるので全く停められないというわけではない.
●でもとにかく事故が怖い.
●しかも車線変更を誤り焦ると(特に帰路は)精神的によろしくない.

ええと,来週からどうしましょう.
いっそ自宅でベビーシッターさんにみていてもらったほうが,母子とも体力的精神的負担は少ないとは思います.はい,経済的負担は大きくなりますが.

まぁ,上の子が1学期の終業式まで今の小学校に通うことができて,文京区への引っ越しが終わるまで,期間限定であるというのが救いです.毎日冒険気分で乗り切ればいいのでしょうか.それでも同じ轍をふまないように,改善,改善していきたいものです.

最後に,ぐっときた話を.

金曜日,なかなか仕事が切り上げられず,走って保育園に向かい,18時15分ぎりっぎりでお迎えに間に合った.雨の中,シーツやタオルケットなど普段よりも多い荷物と傘をかかえ,郵便物を投函したかったので寄り道しながら駅に到着.本郷三丁目の駅前でも人ごみのせいで一回はぐれて転んで娘大泣き.上の子の学童のお迎えもあるので気が急いたが,お友達のおうちにいると友達のママからメールで安心した.

丸の内線がちょうど来たので乗り込んだら思いのほか混んでいた.
荷物が多くて難儀していたら,たいへんはっきりとした大きな声で,
「ここに座って下さい!」

私がいた出入り口付近から数歩離れたところからその声はしていて,人の陰になってすぐには見えなかったけれど,私よりも少し若いくらいの男性だった.
彼は立ち上がって私たちに席に座るよう促してくれた.
その動作だけでも彼は後ろの人を押してしまうくらいの混み具合だった.
「ご親切に,有り難うございます」

なんとかようやくお礼の言葉を発して,娘を膝に乗せ,座った.
このところ大変タフな毎日を過ごしていたが,ずっと涙は堪えていた.
7年半お世話になった職場を離れるときも,上の子もお世話になったとても大好きな保育園にさよならするときも.

でもこのときばかりは本当に涙があふれそうになった.
その人は次の駅で降りて行き,私が少し震える声で絞り出すように改めてお礼を言うと,笑顔で応えてくれた.

次は東上線,各駅停車でもかなりの混みよう.
時間はかかったが何とか最寄り駅に到着.
19時半をまわっていた.
上の子が学童に残っていたら,絶対に間に合わない時間だ.
車で上の子が寄っているお友達の家に向かった.
さて今日はこんなに疲れ果てているけれど何を作って子供たちと食べようか,と思いめぐらしながら.

お友達の家に到着したら,
「もう〇〇ちゃんお風呂一緒に入ってカレー食べてるよ,ママたちも一緒に夕食食べて行きなよ?」

このときも,本当に涙が出そうになった.
この日のカレー,マカロニとキャベツと魚肉ソーセージのサラダの味,私は一生忘れないでいたい.娘が残した分も全部,有り難く,きれいにいただいた.

私はこれらのことに,どうやって恩返しをしたらいいのか.いろんなことを考えた.
私が今やらせていただいている仕事を,与えられたチャンスを,降りかかってくるさまざまな試練を,一つ一つを新たなチャレンジ,あるいは冒険と思って乗り越えていくこと.
私が困っていたときに手を差し伸べてくれた人にお返しするだけでなく,誰か困っている人がいたら,自分がしてもらったように手を差し伸べること.

シンプルなことからとりあえず.
まずはそこから.
 




2012年6月13日水曜日

転出します

実は,転出が決まりました.

公募にはこれまでも何度か出してきたのですが,連敗していました.
しかもその連絡が来るのってタイミング的にたいてい秋冬で.
冬が苦手な私は,毎日どよーんとした気持ちで過ごしたものでした.

今回は年度の終わりに募集があって,自分でもびっくりするほど短期間で
決まってしまいました.
任期付の准教授なので,人によっては,
「おめでとうございます,...,って言って良いんですかね」
とおっしゃる方も.(笑)
「良いんです!(以下同文,の状況説明)」
と答えるようにしています.(笑)

あと多かったのが,ご挨拶のときに,
「転出する事になりまして...,」
と話を切り出すと,
「あ,(ご主人のいる)M市の方?」
という方も多かったです.
「いえ,実はそうではなくて...」

で,転出に伴って,引っ越しすることになりました.
こちらも,ほんとそんな短期間で決めていいのか,っていうくらいの
時間で決断してしまいました.

私は,ほんとめんどくさがりなので,
「今年度はここ(今住んでいる場所,新しい職場へは片道1時間)から通おう〜. 」
「住みやすいし〜,緑も多いし〜,何と言ってもいままでつながりのある方いっぱいいるし〜...」
「いっそ任期が終わるまでの4年間ここから通おうかな〜」
「そしたら娘は今の保育園で卒園させてあげられるしな〜...」

その背中を思いっきり,ずごーんと押してくれたのは,
大学の女性研究者支援相談室の方でした.

いやー,本当に,思いっきり押してくださいました.
そこからはもう自動的に突っ走っているような状況.
ああもう少しでこの町ともお別れだ,と思うとしょっちゅう泣きそうになりますが.

ほんとしょっちゅう泣きそうになるんですが,
片道ほんの1時間だし.
ミシガンみたいに遠いわけじゃないし.
遠く離れたミシガン時代の友達も,facebookやlinkedinでつながっているし.

と自分を奮い立たせています.

ぼちぼち,保育園でも,先生方やお友達のママに,
「近々引っ越す事になりまして」
と言って,ご挨拶をして回る毎日.

あまり今まで話したことのない保育園のママさんと話すと,
「引っ越しされるというと,旦那さんの転勤?」
といったニュアンスの方も多く.

「あ,ダンナは単身赴任で,私が転職するんです...」
と言うと,驚かれました.

やっぱそういうものですかね.
まぁ,そりゃそうですよね.

 てなわけで,私の職歴とライフイベントは,
①ポスドク1回目 
 3年任期の最後の方で結婚.
②ポスドク2回目 
 結婚して3週間で東京と奈良に離れて住む.
(というか,居住地が離れることが決まっていたので,結婚することにした)
③ポスドク2回目の間に留学 
 夫が半年先に行って私が追いかける.
④研究所の定年制研究員 
 妊娠中に帰国して着任,
 アメリカに戻って出産と育休,
 0歳児を連れて単身帰国,
 その後夫が同じ研究所の同じキャンパスに任期付の職を得て,
 その後2人目が生まれ,
 まもなく夫の任期が切れて別の研究所にポストを得て単身赴任に. 
⑤任期付(4年)の准教授 子供2人連れて引っ越し
ということになりました.

もう子供は生まない予定なので,ここから先大きなライフイベントは
なく,楽になる一方のはずです.(笑)

2008年に,

〈3年後の大目標〉
・現在勤務している研究所以外からオファーが来るような業績を出す
※補記:3年後はちょうど夫の任期が切れたあとで,彼はどこか別の研究所に移っている予定,彼の異動先に私向きのポストがあるかどうかはかなーり難しい.でも,「おくさん連れてこられたら困るよー」というのではなくて,「おくさん来てくれてもいいよー」の方がいい.http://pawawappu.blogspot.jp/2008/08/blog-post.html

と書いていましたが,まぁしばらくは別々で頑張ります.
今度の場所の方が,やや,M市からは近くなるかな.

今さらながら,こんまりさんの,
「人生がときめく片付けの魔法」
などを読んで,引っ越し準備をしております.

今後とも,どうぞよろしくお願いいたします.



2012年5月17日木曜日

イチョウ精子の発見と平瀬作五郎氏

Facebookにも書きましたが,こちらにも転載しておきます.
ロゴマーク関連でご指摘があり,どうして東大のマークはイチョウなのかな?という疑問が出てきたのが発端でした.
それで,イチョウ精子の発見と平瀬作五郎氏について調べていたら,長田敏行先生によるこちらの文章に辿り着きました.
http://bsj.or.jp/JPR/icho.html
http://bsj.or.jp/JPR/icho2.html 

東京大学開学わずか19年,当時ヨーロッパの著名な学者でもなし得なかった大発見を,どうして平瀬作五郎氏が成功させることができたのか.日本の剃刀をよく研いで切片を作成したとか,木登りが得意で大イチョウからたくさん銀杏を取れたとか,そもそもヨーロッパに比べてイチョウの木が身近にたくさんあり,材料の入手に困らなかったとか,成功の要因はいろいろあったようですが,それでも,精子ができるのは9月の第一週頃でほんの一日しかないそうで,大変な努力の賜物だったと推察されます.その後まもなく平瀬作五郎氏は東大を去ることになります.後年,共同で研究を行った池野成一郎氏(ソテツ精子の発見者)が,最初の学士院恩賜賞に推薦された時,はじめは単独で推薦されたものの,平瀬と一緒なら受けてもよい,ということで両者での受賞が決まったそうです.
長田先生は,植物学教室時代にお世話になりました.今回のこの文章を拝読して,尊敬の念を新たにしました. シュトラスブルガーの論文を探しあてたくだりは,なんだか情景が目に浮かんでしまって,不思議な感慨がこみ上げました.登場する人物の描写も詳細になされており(なおかつきちんと出典付きで!),構成力と調査力に驚嘆しました.
 

日本植物学会 ロゴマーク

学会員による最終投票が行われています!6月18日〆切です.
植物学会員の皆様,投票をお願い致します.(て,このブログを読んでいる植物学会員の方がいるんでしょうか!?)
お知らせ欄のリンクをクリックすると,17候補を見ることができますよ.
http://bsj.or.jp/nc2/htdocs/?action=cabinet_action_main_download&block_id=127&room_id=58&cabinet_id=1&file_id=42&upload_id=98
 

2012年5月15日火曜日

「『有名人になる』ということ」 壮大な実験とそのレポート

勝間さんの新刊,「『有名人になる』ということ」 を読みました.

先週の頭,〆切仕事に追われながらtwitterなどを眺めていたら,この新刊,評判が良くどうも品薄らしいということ.
(ミニパーティーで干場社長から聞きましたが,前の本の売り上げによって,初版を何部刷るか決めるのだそうです.で,今回は少なかったらしいのです.)

そこでDiscover21のサイトから,電子書籍と紙の書籍セットで購入.
電子書籍,決済が終わったらすぐに読めると思っていたのですが,そういうわけではなく2日くらいかかりました.(仕事でオンラインジャーナルに慣れすぎたせいですね.)
ついでに,出版記念ミニパーティーも勢いでポチっとしてしまいました.
それが確か先週の頭.ミニパーティーの前に読んでしまわないと...,と思っていたので少しじりじりしました.
結局水曜か木曜には読めるようになっていて,パーティーの直前で何とかiPhoneで読了.

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ここから,ちょっと昔を思い出してみます.

私はsuikyoさんに教えてもらって,2006年頃からムギ畑の会員になったり,勝間さんのブログを読んでいました.
第一子が1才そこそこで,仕事と家庭の両立に悩みまくっていました.
そこで輝く星のような存在だったのがムギさん,すなわち勝間さんでした.
シングルでお子さんが3人いて,バリバリのキャリアウーマンで.
今は閉館してしまった女性と仕事の未来館で行われたムギ畑のイベントにも参加したりして.
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2006/11/1111__8dd6.html
この時リアルの勝間さんをはじめて見ました.
処女作の「インディで行こう!」も買いました.
これに触発されて,育児ブログを始めたりして.
 その後ムギさん改め勝間さん,会社辞めて独立したらしいとの話を聞き.

そして1年もしないうちに,あの大ブームがやってきました.2008年です.
このブログも2008年春,「自分をグーグル化する方法」に触発されて始めています.

その後ものすごい勢いでメディアに浸透し,認知度(この本で言うところの「非助成認知率」)が高まっていったわけです.

その時思ったのが,

「勝間さんは,今壮大な実験をしているのではないかしら」
 
明らかに,戦略的にいろいろな次の一手を繰り出し続けているという気がしました.
私のブログの過去記事で,そのような記述を明言している場所を探してみましたが,残念ながら見つからず.
強いて言えば,この記事の「帰路につく」あたりに以下のようにちょっと言及している程度です.もっとちゃんと書いておくんだったなぁ.

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○このインディは,裁断される寸前だったのを,勝間さんがしのびないと思い,セミナー参加者に配ることにしたのだそう.表紙を開くと,"Katsuma Serendipity" とスタンプが捺してありました!おおお.これも何かの実験でしょうか.
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その後,ますます飛ぶ鳥を落とす勢い.昔からのファンだった私は,勝間さんのブレイクを喜ぶとともに, なんだか随分遠い存在になってしまった,という感も否めませんでした.
女性と仕事の未来館のホールですれ違った勝間さんと,テレビの向こうにいる勝間さん.

そして,「結局,女はキレイが勝ち」のあたりから,正直ちょっと違和感を感じるようになってしまいました.

私は第2子出産と復帰でどたばたと日々を過ごしており,ブログの更新も,新刊本チェックも以前ほど熱心ではなくなってしまいました.
(それでも「まじめの罠」とかは買って読んでいました.)
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そしてそこから約2年半.
驚くべきことに,あれは勝間さんの壮大な実験だった,ということがこの本で明らかにされました.私はつい「実験」という言葉を使ってしまいますが,この本の中での表現で言うと,

「有名人ビジネス」
「有名人になるプロジェクト」

を,遂行していたのです.
この本は,その実験結果の報告書,レポート,と言っても良い.

そしてそれをしなければいけなかった理由(会社を辞めて興した投資顧問会社がリーマンショック等の影響で行き詰まった)が冒頭で語られていて,
(これは論文やレポートで言うところのIntroductionにあたるかもしれません)
「そういうわけだったのか...」
という気になりました.なぜ,当時あそこまでやっていたのか.一気に腑に落ちました.

しかしその後語られる「有名人になること」のデメリットについてや,「終わコン」のくだりでは,もう,読んで胸が痛くなりました.何もそこまでして...,という気持ちでいっぱいになりました.

はい,ここで私が普通の人,一般の人,凡人だということがわかります.
「何もそこまでして...」
と思うのは,一般人,普通の人,なんです.

勝間さんや,私のもう一人の敬愛するおっかさん先生,西原理恵子先生は(この本の帯もサイバラ先生がイラスト書いてます)が一般人と違うのは,

負けても負けても負けても負けても負けても
また
じゃんけんじゃんけんまたじゃんけん
を繰り出せる精神力の持ち主,というところなのです.

バスケットボールやサッカーでは,
「シュートは打たなくては入らない」,
とよく言います.
普通の人は,あるところでシュート練習を,あるいは試合でシュートを打つ事を,
そしてあるいは試合に出る事自体を,さらに言うとそのスポーツをすることそのものをやめてしまいます.

シュートが入らなくて辛くても,試合に勝てなくても,試合に出してもらえなくても,
そこでやめない人,シュートを打ち続ける人,しか残れません.
しかも,そこれやめなかったからと言って,次にチャンスがあるかどうかも限らないのに.
それでも練習するのです,シュートを打つのです.次の手を繰り出すのです.

仕事にも似た側面があります.
シュートを打ち続けるのが厳しくなったらアシストに徹することもあるかもしれない,
それでもとにかく試合に出させてもらう.
試合に全然勝てないかもしれない,
それでもとにかく試合をさせてもらう.
怪我で一時期現場を離れなくてはならないこともあるかもしれない,
それでもそのスポーツ自体をやめない,またいつかフィールドに戻ってくることを夢見て続ける.

一握りのスタープレイヤーは,
とにかくやめない→試合をする→試合に出る→試合に貢献→シュートを決める
の最後までやり抜くのです.
負けても負けても負けても負けても負けても,
ある確率で勝つならば,数が多ければいつかは勝てるのです.

勝間さんは,言ってみれば,「有名人になる」というフィールドで,プレイヤーになるために,一つ一つ練習を積み,アクションを起こし,細かにチェックして,次の戦略に結びつけて行ったのでしょう.なので,試合に出し続けてもらえたし,シュートも打つ事ができたということなのでしょう.

2011年は,このビジネスにいったん小休止を入れたそうですが,2012年からまた始めるそうです.

勝間さんの本の特徴は,読者に最終的に行動を促す,という点です.
今回この本を読んで,私自身が「よし,メディアに露出して有名人になろう!」と思って行動を起こすことはしませんが(笑).
自分の行動を戦略と分析の観点から管理するというのは,あらゆる仕事の場面で役に立つことだと思います.
実は近々私にも大きな転機が訪れます.
そのときに,参考にさせてもらおうと思っています.

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追記)
ミニパーティーでは,勝間さんご本人にお会いして,紙の書籍にサインをいただきました.こんな肝心な日に名刺を忘れてしまうという大失態を激しく後悔しましたが,またいつかお会いできることもあるでしょう.

追記)
あと,唐突ですが,
有名人になるということは,究極のメタ認知の方法,なのかもしれません.
茂木健一郎さんもそれを利用していたのかしら.

2012年5月11日金曜日

黒にんにく

そうそう,この間の冬,私のなかでちょっとしたブームだったのが,黒にんにく

最初は,去年の秋実家に帰ったときに,いとこからもらったのでした.
いとこは畑でにんにくを作っていて,それを自家製で黒にんにくにしていたようです.

なんだかそれを食べたら随分体調が良くなった気がして.
新青森駅のお土産屋さんで見つけたり,実家の近所の温泉で見つけたりして,その後もちょこちょこ食べていました.ネットでも2回ほど買いました.

どんなときに効くかというと...,なーんかどよーんと疲れがたまっていて,肩とか腰とかバリバリで,口内炎ができそうだなぁ,なんて時に1粒食べると,元気になるんですよ.
たくさん食べ過ぎるとおなかに来るので,1日1粒程度で十分.
冬場は私は体が冷えるので,毎日のように食べていました.

その後,うちの両親もかなり気に入ったようで.
私がネットで作り方を調べてきたら,早速古い炊飯器を一台黒にんにく作り専用にして,自家製黒にんにく作りをはじめてくれたのです.

で,りんごと一緒に送ってもらって,今も何個も冷蔵庫に入っています.

今年あまり風邪をこじらせたりしなかったのは,この黒にんにくのおかげと思っています.


弁当生活,継続中

私にしては珍しく,お昼お弁当を作って持って行く生活が続いています.

体重は,ある値で「ぴたっ」と下げ止まりました.(笑)
そこを境に跳ね返り,また下がってもそこから跳ね返り,を繰り返している感じです.
まさに,壁です.びよよよ〜ん,て感じで跳ね返ってきます.
そんな近いところに壁があるとは思いませんでしたよ.
 12ヶ月でマイナス12キロとはいかないようです.まぁそうですよね.
たいした運動もしていないし.

貧血は少し良くなったようです.検査は来週かな.

ついに実家から送られてきたりんごが底をついたので(そして多分もう実家にもないらしいです),2月くらいから朝ご飯がわりだったスムージーをどうしようかと思っています.
 今日スーパーに行ってりんごを買おうとしたら,1個160円とかして,ビビりました.
りんごって高いんですね(お米の値段は最近ちょっとはわかってきた,りんごはほんとに買った事ないので値段に疎い)...この時期だからかな.

最近,勝間さんのTwitterを拝見していたら,発芽玄米を自分で作られたとか.
私も4年前,勝間さんに触発されてスキニービッチを買い,コーヒーをやめ,玄米食にして,肉も,卵も,乳製品も摂らない生活をしばらくしていましたっけ,なんてことをつらつら思い出しました.
発芽玄米も,自分で発芽させたりして.
http://pawawappu.blogspot.jp/2008/07/blog-post_13.html
ああ,何か懐かしいですね.

二人目を妊娠するまで何となくそういう生活を続けていて,5キロくらい減ったのかな.
その時点の体重が,現在の「壁」の体重でしたよ.
その後妊娠中〜産後〜現在に至るまで,玄米食とかから離れてしまっていて,今に至ります.久しぶりにまた玄米とか炊いてみましょうかね.

そうそう,その頃,肉や乳製品もやめて,かなりベジタリアンチックな食生活をしていたんですが,ちょっと不思議なくらい,会いたい人に会えたり,運が良かったりしたことを憶えています.

今,また肉を断ったりするのはかなりの精神力が必要そうですが(上の子が肉食系で,ほんと最近食卓に肉がのぼることが多いのです),もう妊娠もしていないし授乳もとっくに終わっているので,またそういう生活に戻すのもいいかなと思ったりしています.ただ,貧血には気をつけないといけないなぁ.



2012年5月8日火曜日

私的Web2.0史

育児ブログを始めたのが2006年春頃.
勉強/研鑽ブログ(このブログ)を始めたのが2008年春頃.
Twitterを始めたのはいつ頃だっけ,2009年の後半か2010年のはじめか.授乳なうとかたくさんつぶやいていた記憶がある.
Facebookを始めたのが2010年春頃で,頻繁に更新し始めたのが2011年春頃.
このあたりで既にLinkedInにもアカウントがあったはず.
その後2012年はじめ頃から,就職活動のためにReseaechgateにもアカウント作り.
そしてTumblrを始めたのが2012年春.

いつもの事ながら,はじめて使うものは,アカウントだけ作ってしばらく放置してしまいます.というわけでTumblrは今のところ放置状態.

何のオチもなくてすみません,とりあえずメモメモ.