2008年10月11日土曜日

GFPとわたくし (就職への道のり特別編)

改めて,GFPについてのエントリを書こうと思います.

【GFPを知った】
1990年代中ごろ(たぶん,96年とかそのくらい)に,
大学院のセミナーで後輩が紹介したのを憶えています.
その時は「へぇー」と思いました.
多分,今回の受賞者のChaflie教授の論文なのではないかと思います.
まもなくして,卒研時代のボスをはじめ(→つまりは今のボス),次々と周囲のラボで,
「これからやるんだ!」
「ほんとに光るらしいよ!」
という話を聞きました.まずは出芽酵母などから.

植物でも使えるのかなぁ...?と,何だか当時は遠い存在,で,
その後こんなにお世話になるものだとは想像もしませんでした.

1997年に,Cornel大の女性教授二人が研究室を訪問されました.シンガポールでの学会の帰りにうちの教授と会いたいとのことで寄られたのでした.
二人とも既にGFPを植物に応用されていました.
Hanson教授は,stromuleという構造をGFPを使って発見した,という論文をその年のScienceに報告していました(stromuleは色素体からにょろにょろっと出てる構造,色素体は未分化な葉緑体,と思ってくだされ).もう1人の,Lazarowitz教授は,ウイルスが植物に感染する時に使うタンパク質を,GFPを使って可視化していました.

東京案内を仰せつかった男性の先輩が,一日浅草などの観光につきあったあと,
ショッピングに行きたいって言っているんだけどさ,ボクよくわかんないから連れて行ってあげてよ」
と依頼されました.つたない英語で池袋の東武デパートをご案内しました.それでも,男性の先輩よりはかなり役に立ったようで,大変有り難がられました.

その後.セミナーを聞き,いたく感動しました.

これまで,細胞の中のオルガネラを見るには,少なくとも固定して(つまり細胞を殺すということ),必要であれば樹脂に埋め薄い切片にして,さらに,試薬で染色しないといけませんでした.
オルガネラよりもさらにさらに小さいレベル,例えばタンパク質を見ようと思ったら,もっともっと大変.「良い」抗体を入手し,試料に対して抗体染色をして(フツーの染色よりも,数倍~数十倍くらいの時間がかかると想像して下され),顕微鏡で観察.

ところがGFPは,興味のあるタンパク質の遺伝子にGFP遺伝子を融合して発現させる細胞や個体をいったん作ってしまえば,
「生きたままで見ることができる」
のです.
もちろん,そういう細胞や個体を作るのにはそれなりに時間と労力を必要とする場合もあるのですが(また,たまに本当の局在を示さない,ということもなくはない,ということも一応付け加えておきます).

何より,生きたままの細胞で興味のあるタンパク質を「視える化」する,というのはライフサイエンスの世界を大きく変えたわけです.
何たって,動きを見ることができるのですから.
ごくごく簡単なたとえで言うと,GFP以前はスナップ写真,GFP以後は動画としても捉えられるようになった,というわけです.
しかも,色情報のある(つまり「」)動画です.

【GFPを使って仕事をした】

その後1999年に学位を取り,卒研時代のボスが97年から新しく構えたラボでポスドクになりました.
そのラボでは出芽酵母と植物が半々くらいで使われていたのですが,私がラボに参加した時点ですでに,出芽酵母ではGFPは光るし使えそう,ところまで来ていました.
私もGFPを使ったプロジェクトをやることになっていました.
ところが酵母で使われるGPF遺伝子だと,植物細胞では光らないことあるんだよねぇ...,という話.
静岡の丹羽先生から分与していただいた植物用に最適化したGFP遺伝子だとうまくいきそう,ということでした.

確か私がラボに参加して1か月半ほど経った頃.先輩が,一過的発現系で植物の培養細胞にGFP融合遺伝子を発現させ,光った光った~!と喜んでおられました.その時はじめて実際に光るGFPを顕微鏡下で見せてもらったのではないかと思います.緑色に,きらきら光っていました.

その後,別の研究員の方が作成された形質転換植物を顕微鏡で観察してくれないかとのこと,顕微鏡仕事ならお安いご用です,とばかりに観察してみたところ,おもしろいことを見つけました.これが実は私の現在の研究(連続した液胞膜上で複雑に折りたたまれたbulbという構造)につながっています.
2002年にその論文を出しました.

このラボに所属していた頃,宮脇先生が編集された「GFPとバイオイメージング」に拙文を載せさせていただいているのですが(はじめての和文総説でした),この本の目次を改めて眺めてみると下村先生も寄稿されています.おおおー!今ちょっと改めて感動しました.
http://www.bioweb.ne.jp/content/ziken_betsu/gfp00.html

2000年頃から縁あって,奈良先端大の先生と,植物の花茎重力屈性の共同研究をさせてもらいました.その論文も2002年に出たのですが,その時の私の貢献は電子顕微鏡観察でした.このテーマは大変に興味をそそられるものでした.そして,重力刺激を与えたときに実際細胞の中で何が起こるのか,GFPを使って生きたまま見てみたい,と強く思いました.ちょうどポスドク3年の任期が満了した2002年の春から,学術振興会のポスドクとしてそちらの研究室に移りました.

奈良先端大での仕事は大変エキサイティングでした.
顕微鏡を横に倒して設置し,顕微鏡のステージを回転させることで,重力刺激を与える前と後の細胞内の挙動を撮影する,というものでした.

花茎で重力を感知する細胞は,外側から数層内側にあったので,いろいろ工夫しました.観察用のスライドグラスを工夫したり,上手に剃刀で茎を削ぎ切りにしたり.観察している場所と回転軸の中心がずれないようにしないと,回転したときに狙った細胞がどんどん視野からいなくなってしまってあわわわわ~,なんてこともありました.10秒ごとに一枚,10分間自動撮影させるのですがその間に水銀ランプの熱が伝わって,熱膨張で顕微鏡のフォーカスがどっかに行ってしまったり...

いろいろいろいろありましたが,この仕事はほんとに楽しかった.
このときにどこにGFPを使ったか.
重力を感知する細胞の中で動くと言われているアミロプラスト(色素体が葉緑体に分化せずに,デンプンを貯めるようになったと思ってくだされ)をGFPで光らせました.また,アミロプラストを包み込んでいる液胞膜,これもGFPで可視化しました.両方とも上司であった森田さんのグループが確立されたものを使わせていただきました(そう,私,顕微鏡仕事は得意ですが,モレキュラー仕事が苦手でして...このあたりを分業にしてくださったおかげで,私は顕微鏡に集中できて大変有難かったです...ということをここに告白します)

アミロプラストがほんとにころころ転がった~!!!という時の興奮は忘れられません.
液胞膜の時は,さらに工夫が必要でした.普通の落斜蛍光照明では像がボケボケしてしまうので,別の階にある共焦点ユニットに接続することから始めました(共焦点ユニットにつなぐと,焦点ボケの蛍光が取り除かれ,シャープな絵が撮れると思って下され).横倒しにした顕微鏡を設置台ごと運びました.大学院生の方々が力仕事を手伝ってくれて助かりました.期間限定で(確か一週間くらい)共焦点ユニットを占有するのを許してもらいました.設置や接続,使ったことのないソフトだったのでいろいろと試行錯誤...無事なんとか期限内のうちに液胞膜のシャープな像が見えて,アミロプラストの部分は逆に黒く抜けていました.これを見たときにはほんとに脳がぞくぞくしました.この論文は2005年に出ました.

その後の留学先でも,ある変異体でミトコンドリアやペルオキシソームに変なことが起こっていないか,GFPを使って調べる,ということをやっていました.

【そして今に至る】

そして現在,最初にポスドクをやっていた研究所に研究員として戻り,再びGFPやそのvariant,また最近も新たに開発されている新しい蛍光タンパク質(これは前もエントリで書きましたが,宮脇先生の研究室で精力的に行われていて,それを使わせていただくことも多いです,大変お世話になっています)を使って,植物を使って研究を行っています.もちろんbulbの仕事を続けているのですが,それだけでなく細胞生物学的に何か新しい切り口をもたらすような革新的な切り口ができればいいな,と考えながら仕事をしています.

この長文をここまで読んでくださった方に感謝します.

【最後に】

さてこのエントリだけでも何回GFPという単語が出てきたでしょうか.
先日書き上げた科研費の申請書にも10回以上出ていると思います
私の使っているコンピューターの中には,一体何件GFPという単語でヒットがあるか,想像もつきません.
私というたった一人の研究者にさえこれだけのインパクトを与えたGFP.
GFPがなかったら,今の私はありませんでした.
顕微鏡をやってきたバックグラウンドがこれだけ強みになったのはGFPのおかげです.
そして,日本だけでなく全世界でこのテクノロジーの恩恵にあずかっている研究者が大勢,それこそ大勢います.Pubmedで"GFP"を検索ワードでかけてみたところ,2008年10月11日現在,実に,15163件の論文がヒットしました.

下村脩先生(もう皆さんご存知かと思いますが,大量のオワンクラゲからGFPを発見・同定した),そしてChalfie教授(異種の生物でもGFPが蛍光トレーサーとして機能することを証明した),Tsien教授(野生型のGFPに変異を導入して蛍光ピークを単一にすることで,理想的な分子の基本形を確立した,実に様々な色の蛍光タンパク質を開発してきた)の業績の偉大さに改めて拍手喝采を送り,心からの,心からの感謝の念をここに顕したいと思います!


3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ほんとだ、ちえこママさんの研究、GFPなしでは語れないのですね!
私もよくお世話になってますが、ちえこママさん程ではないなぁ。

下村先生と同じ号への寄稿、すごいです!

それにしても、植物でも、in vivoっていうんですね。動物だけかと思ってました。

匿名 さんのコメント...

初めまして、たまたま逆アクセス経由でこちらに流れ着きました かそーどと申します。

私は事情があって学位はとらず、ほどなく研究から遠ざかってしまいましたが、私の研究…というか所属ラボもGFPの恩恵を多大に受けているので、今回のノーベル化学賞には本当にエキサイトしてしまいました。
思わずブログに稚拙な記事を書いてしまうほど。

ただ恥ずかしながら、「GFPとバイオイメージング」で勉強させていただいたにも拘らず、下村先生の事はさっぱり…。
cell biology だけでなく、Life Science全般に貢献する業績と言うのはそうそうあるものではありませんし、遅まきながらその歴史の一端を知る事が出来て光栄に感じているところです。
再び研究の世界に戻りたい…とも。

ちえこままさん、これからますます活用されていく技術を惜しみなく利用し、すばらしい成果をあげていってくださいね。
陰ながら応援いたしております。

それでは駄文にて失礼いたしました。

ちえこまま さんのコメント...

ママ研究者さん、かそーどさん、コメントありがとうございました!

ママ研究者さん:
> 植物でも、in vivoっていうんですね。動物だけかと思ってました。

言いますねー。in planta って表現もしたことありますが(培養細胞でなく、個体で見たということを当時は強調したかった)、in vivo 十分一般的に使われてます。

かそーどさん:

ブログ拝見させていただきました。身近なテーマが授賞対象だと、ほんとにエキサイトしますよね!

> 陰ながら応援いたしております。

ありがとうございます!嬉しいです。

> 再び研究の世界に戻りたい…とも。

おおっ。私もかそーどさんを応援します!